>> 大修復工事の計画や進捗状況

重要文化財

富田林興正寺別院の建築物は平成26年(2014)に国の重要文化財として指定されました。

本堂

富田林興正寺別院の本堂は、大阪府下の真宗寺院建築としては最古級に分類されます。

現在の本堂は寛永15年(1638) に再建されたものです。

富田林興正寺別院本堂外観

現在の大きさは、幅が九間、奥行き(側面梁行)が九間半あり、正面には三間の向拝がある入母屋造・本瓦葺の建築となっています。

寛永21年(1644)の「富田林村万改帳とんだばやしむらよろずあらためちょう(京都大学蔵)」には「寺 九間/八間 かわら」と記されていますので、再建された当初は現在よりすこし小さい建物だったようです。

富田林興正寺別院本堂正面

その後、元禄5年(1692)ごろのことを記した「富田林御坊御院内之覚(京都興正寺蔵)」にはすでに現在の大きさの本堂が記載されており、増改築がおこなわれたことが伺えます。

本堂内部の柱には埋木の跡が多数確認され、いくども手が加えられたことがわかります。

そのような点からも真宗寺院建築の移り変わりを知ることができる貴重な建物といえるでしょう。

対面所
(書院)

対面所は東西に棟がのびる、入母屋造り・妻入の建物となっています。

「河内名所図会」(1801)にえがかれた富田林興正寺別院には対面所とみられる建築物があります。

しかし、それが現在の対面所であるかどうかはわかりません。

ただ、文化7年(1810)の普請願書控には記載が見られることから、江戸時代後期の建築物であることはあきらかです。

書院の正面には唐棟をもつ式台玄関があります。

破風の正面には波濤はとうをかたどった懸魚げぎょがかざられたり、瑞雲ずいうん風の蟇股かえるまたなどの装飾が見どころです。

玄関部分については装飾の様式からみて19世紀中期のものと考えられています。

ちなみに、玄関前に立てられている記念碑は、明治28年(1895)に竣工したもので、正面には「富田林開基証秀上人記念碑」と刻まれています。

富田林興正寺別院書院玄関

鐘楼

鐘楼は城之門筋に面した境内南東の角に位置し、境内の外からもご覧いただくことができます。

入母屋造の本瓦葺きで、切石積の高い基壇上に基盤を据え、内転び4本の柱を立て、四面は吹き放ちとしています。

中央部に梵鐘が吊るされています。

元禄5年(1692)ころの事を記した「富田林御坊御院内之覚(京都興正寺蔵)」にも鐘楼の記載が見えますが、現在の鐘楼は江戸時代後期のものと考えられています。

「杉山家文書」(京都大学蔵)により、文化7年(1810)に現在の場所へ移築されたことがわかっています。

鼓楼

城之門筋と堺町に面しており、寺内町という歴史的な町なみを象徴する建物となっています。

また、鐘楼とともに富田林興正寺別院の外観をもっとも趣のある風景にしています。

鐘楼からみる山門と鼓楼

現在の鼓楼は境内北東の角にありますが、「河内名所図会」(1801)には境内南西の角にえがかれています。

鐘楼と同様、文化7年(1810)に現在の場所へ移築されたことがわかっています。

鼓楼の中にある太鼓は当時の状態のまま残されています。

富田林興正寺別院太鼓楼内の太鼓
太鼓楼内の太鼓

太鼓は破損が激しく現在は使用することはできません。

山門

城之門筋に東面してたつ山門は、真宗寺院が有するものとしては大規模で豪壮な薬医門です。

この山門に用いられている欅材はあきらかに他の場所で門として使われていたものを転用した材であることがわかっています。

そうしたことから、もともとは伏見桃山城の城門であったものが元和5年(1619)の廃城後に大坂の天満興正寺の山門として移築。

その後、富田林へと移築され山門として構えられたという伝承がありました。

しかし、平成24年(2012)の調査によって京都興正寺の北之門として長く使われていたものを安政4年(1858)に移築したという事実が判明しました。

太い欅材の重厚さが印象的で、そうした様式からは桃山文化特有の豪壮な雰囲気が感じられ、戦国時代の終わりから江戸時代初期に作られたものであることがわかります。

富田林興正寺別院山門裏側
境内側からみた山門

山門の梁には「丸に四方剣花菱」の紋が透かし彫りされています。

この紋は興正寺で用いるものではないため、そういう点からもどこか他の武家屋敷のようなところから移築された門であると推測できます。

富田林興正寺別院山門蟇股

御成門

山門に向かって右手にある門が御成門おなりもんです。

御成門おなりもんは間口六尺の小規模な棟門で、残念ながら由緒来歴を記したものはありません。

ただその様式から江戸時代後期、18世紀中ごろのものと推測されています。

屋根は切妻造で本瓦葺、総欅造りとなっています。

富田林興正寺別院御成門屋根

築地塀(附指定)

築地塀3棟はつけたり指定とされています。

つけたり指定とは、年代や状態などからその建築だけでは文化財の指定にあたらない場合でも、指定文化財と一体であることで価値が生じるもののことです。

富田林興正寺別院築地塀

城之門筋からみた四線入の築地塀は、鼓楼のある北東角から御成門・山門を経て、鐘楼のある南東角までをつないでいます。

寺内町の中核寺院である富田林興正寺別院の外観を堂々たるものにしています。

令和4年より大修復工事がはじまります

富田林興正寺別院は令和4年より大修復工事が計画されております。

経年のいたみがひどい本堂・対面所をはじめほぼ全面的に文化財保護のための大修復となります。

工事の計画や進捗状況もこちらのホームページでお知らせいたしますので、チェックしてみてください。